2023年3月期決算からの人的資本の情報開示義務化を受けて、日本企業の開示状況はどのように変わったか?~業界および開示項目ごとの分析から読み取れる、21年度から22年度にかけての変化点と現状、今後の課題について~

ディレクター
関口 英毅
2024.03.26

 2023年3月期決算より、上場企業を対象に「人的資本の情報開示」が義務化されました。各企業の開示状況について、弊社独自に開発した”人的資本データ活用度クイックアセスメント”ツールを用いて、2022年度の状況と、2021年度と2022年度の開示状況の比較を、業界および開示項目ごとに分析を行いました。
その結果から見えてきた開示傾向と、考えられる今後の課題についてご説明します。

調査方法<弊社独自開発の人的資本データ活用度クイックアセスメントツールについて>

 今回調査に利用した弊社独自開発の”人的資本データ活用度クイックアセスメント”ツールでは、9つの人的資本の情報開示項目を定義しています。(生産性、育成、エンゲージメント、流動性、多様で柔軟な働き方、ダイバーシティ、健康・安全、労働慣行、コンプライアンス/倫理)

 これらについて、定量面では[実態の定量値が経年変化と目標値と共に記載されている]を4点の満点とし、定性面では[戦略と紐づいた重要性の説明または現状課題や将来展望などを含めた説明がある]を4点の満点としています。これは、人的資本情報の各項目は、戦略と紐づいた重要性や将来展望、それらに合わせた目標値と現状とのギャップとが、共に数値開示され、マネジメントされていることを示せる状態を目指すべきだという弊社の考えから定義されています。

 9つの開示項目は、各4点満点としています。内訳は定量面、定性面で下記の評価基準で4点評価し定量面、定性面の平均点をスコアとしています。9つの開示項目すべてで4点満点の場合は36点となります。今回のコラムでは企業のスコアも、項目のスコアも4点満点と同じ尺度とするため、36点を9項目の平均にして4点満点で記載しています。

【定量面】 ※下にいくほど、開示充実度は高い。

  • 1点:実態の定量値の記載がない
  • 2点:実態の定量値が記載されている
  • 3点:実態の定量値が経年と共に記載されている
  • 4点:実態の定量値が経年変化と目標値と共に記載されている

【定性面】 ※下にいくほど、開示充実度は高い。

  • 1点:記載がない
  • 2点:実態の簡単な説明、または施策一覧程度の記載がある
  • 3点:一定の分量で施策についての説明がある
  • 4点:戦略と紐づいた重要性の説明または現状課題や将来展望などを含めた説明がある

調査対象業界

 今回の調査対象業界は、製造業、建設業、情報通信業、運輸・郵便・海運業、卸売業、小売業、金融・保険業、不動産業の8業界の東証プライム市場・JPX日経インデックス400の企業、40社をサンプリングしました。その各社の2022年版と2023年版の統合報告書を調査し、業界平均のスコアを算出しました。

※サンプル数が少ないため統計的優位性はないものの、主要な企業を偏りが無いよう選んでおり、一定の特徴は読み取れるのではないかと考えています。

※統合報告書は、財務情報・非財務情報を包括的に説明し、人的資本経営も含む企業の持続的な価値創造活動をあらゆるステークホルダーにアピールするものとして、近年、その重要性が増しています。人的資本の情報を統合報告書以外の他の資料で開示している企業もありますが、こうした背景を踏まえ、本調査はあくまで統合報告書による開示状況を取り扱っています。

2022年度の人的資本の情報開示状況

 今回の全調査対象企業の平均スコアは1.29点(4点満点)<>と、かなり低いスコアとなりました。最も開示スコアの高い業界は建設業でしたが、そのスコアも1.91点<>にとどまりました。また、9つの開示項目で定量評価での満点[実態の定量値が経年変化と目標値と共に記載されている]の記載があった項目はごく一部でしたが、その項目は”育児休業取得率”など開示義務化された項目だったことから、人的資本経営として各KPIを目標値を定めて管理できている企業は少ないのではないかと推察しています。

 開示スコアの最も高い建設業ですが、2024年4月より時間外労働の上限規制が適用されることなどから人手不足が懸念されています。そのため、採用市場等へ向けた、就業環境の改善などに取り組んでいることのアピールとして開示内容の充実があったものと思われます。

 次に開示スコアが高かった業界は、情報通信業、製造業と続きます。

 開示スコアの最も低い業界は不動産業ですが、0.75点<>で、全ての項目が業界平均を下回っており、統合報告書での開示内容は少ない傾向となっています。

 開示項目別に見てみると、最もスコアが高かった項目は「ダイバーシティ」で2.06点<>でした。「ダイバーシティ」のスコアが高い理由としては、”女性管理職比率”、”男性の育児休業取得率”、”男女間賃金格差”といった開示義務化項目を含むことから、その対応の結果と考えられます。

 「ダイバーシティ」の次にスコアが高かった項目は「コンプライアンス/倫理」、「育成」と続きます。「コンプライアンス/倫理」は”コンプライアンス研修の受講完了割合”を、「育成」は”研修を行っている時間”を記載している企業が多くみられました。研修受講状況は開示しやすい項目のようです。

 最もスコアの低かった項目は「生産性」で0.42点<>でした。開示を行っている企業はごく一部で、「生産性」の開示を行っている企業は40社中5社にとどまりました。

2021年度-2022年度の開示状況比較

 2021年度と2022年度の開示スコアの平均は4点満点中、2021年度が1.08点<>に対して2022年度は1.29点<>となります。2022年度にかけて開示は進んだと言えますが、人的資本経営という言葉の盛り上がりに比べるとわずかな前進であり、まだまだ発展途上であることが伺えます。 
 内容としても開示の内容の深さが進んだことよりも、開示を始めた項目が増えたことがスコアを上げた要因でした。

 最も開示のスコアが伸びた業界は建設業で、1.58点から1.91点へ0.33点<>スコアを伸ばしました。建設業の変化に最も影響した項目は「エンゲージメント」で、0.86点<>スコアが伸びました。ただしこれらの企業の多くが2021年度では開示していなかったにも拘わらず、2022年度で過去からの経年の情報開示をしていることから、実際には以前から取り組んでおりデータを蓄積していたものと推測されます。

 最も開示スコアが伸びなかった業界は金融・保険業の0.11点<>でしたが、統合報告書とは別の資料で公開しているケースが多く見られたことから、業界として人的資本経営が遅れている訳ではなく、むしろ一部の企業ではかなり力を入れて取り組んでいる様子が見て取れました。

 今後、当該企業がこの方式を続けるのか、統合報告書に纏めていくのかは議論が分かれる所ですが、各社各様に工夫・模索して現段階にあることが如実に出た結果かと思います。

 次に項目別で見ると、最も開示の進んだ項目は「エンゲージメント」で、0.48点<>でした。

 これは、前述の建設業の他に小売業での伸びも大きく寄与しています。最も開示の進まなかった項目は0.08点<>の「生産性」でした。人的資本経営の最終的なKPIである「生産性」の開示が進んでいない理由はいくつか考えられますが、人的資本への取り組み成果を財務的な観点から説明することは難しいことから、多くの企業が様子見をしているものと推測されます。実際、「生産性」は一般的に、”従業員一人当たりのEBITや売上・利益”で算出されますが、人的資本への投資成果をこの算式で表して良いものか、という議論がしばしば聞かれます。ただ、そんな中でも「生産性」を開示している企業は既に一定数おり、独自の定義や解釈で一歩踏み込んだマネジメントを実践されている企業がいるということは注目したい所です。ちなみに、ISO30414では”人的資本ROI”という指標が定義されています。こうしたグローバル標準となり得る新たな指標を参考指標として取り入れてみるというのも検討されると良いでしょう。

今後に向けた課題

 今回の分析から、人的資本の情報開示については、義務化に合わせた開示にとどまることが多く、[実態の定量値が経年変化と目標値と共に記載されている]レベルの開示には程遠いことが分かりました。そうした現状からは、当面は業界問わず、量・質ともに開示のレベルを上げていくことが求められるものと思われます。

 一方で、人的資本開示は義務化のガイドラインに合わせて行えばよいものなのか、という点にも改めて立ち返る必要があるでしょう。本来、人的資本投資については生産性向上に紐づいた形で各投資施策が行われ、その効果測定として目標値と現状のギャップ確認及び対策の検討といったマネジメントプロセスへ昇華されていくべきだと考えます。さらに当該プロセスは、自社独自の戦略としてステークホルダーに開示・アピールするべき内容であるはずです。このマネジメントプロセスへの昇華が多くの企業で未だに進んでいないことが、「生産性」の開示がごく一部の企業にとどまっていることに表れているのではないでしょうか。

最後に -開示のためのデータから、マネジメント活用への昇華のために-

 人的資本経営をマネジメントプロセスへ昇華させていくためには、KPIツリーを設計し、それに合わせたデータを整備・収集し、目標値とのギャップを振り返り、施策の改善を行っていく必要があります。これらを推進するにあたって、多くの企業で課題となるのがデータ整備です。企業内の人的資本データが散在していて集計が困難、またはデータが存在しないためにデータ取得方法を構築する必要があるなど、さまざまな課題があります。

 これらの課題に対して、我々TISは長年のシステム構築の実績から、データ整備、統合などはもちろんのこと、KPIツリーの設計などのコンサルティングも行っております。人的資本情報のマネジメント活用にお悩みの方は是非お声がけください。今回の調査結果ついては、本コラムで言及した点以外にも様々な発見があるかと思います。是非皆さまの発見についてもご意見いただければ幸いです。また、ご希望される企業様には意見交換の場などを設けさせて頂きますので、お気軽にご連絡ください。

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人的資本経営実践サービス

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この記事の執筆者
関口 英毅
Sekiguchi Eiki
プロフィールを見る

1998年
通信会社にて法人企業へのソリューション営業を行う
2001年
コンサルティングファームにて全社業務改革、事業戦略、営業戦略等の立案に従事
2011年
メーカーにてソリューション・サービス事業の拡大に奔走しながら顧客企業へのコンサルティング活動を推進
2022年
TIS入社

専門

DXによる業務変革、改革構想策定
営業戦略、営業プロセス改革
人的資本経営、組織風土改革
事業戦略、新規事業開発