「スクラムマスター」が何者なのかズバリ答えることができますでしょうか。現場でスクラムマスターをしていると、「プロダクトオーナーを支援する」、「進捗を阻害する要因を取り除く」など教科書的な綺麗事ばかりではなく、泥臭さを感じます。また、庶務的な作業を求められたり、技術的なリードを求められたりと案件ごとに求められる“スクラムマスター“に違いが見られます。このようなギャップは、スクラムはもとより、スクラムマスターについて理解を深めることで無くせるものではないかと考えています。スクラムマスターとは何者なのか、存在意義について現場の体験を交えながらご紹介します。
INDEX
スクラムマスターの定義
スクラムマスターとは何者なのか、まずは公式な定義を確認したいと思います。スクラムマスターは、アジャイルのフレームワークである「スクラム」に定義されている役割名です。スクラムを開発したJeff Sutherland氏とKen Schwaber氏によって作成された公式のガイドラインであるスクラムガイドには以下のような記載があります。
『スクラムマスターは、スクラムガイドで定義されたスクラムを確立させることの結果に責任を持つ。スクラムマスターは、スクラムチームと組織において、スクラムの理論とプラクティス を全員に理解してもらえるよう支援することで、その責任を果たす。スクラムマスターは、スクラムチームの有効性に責任を持つ。スクラムマスターは、スクラムチームがスクラムフレームワーク内でプラクティスを改善できるようにすることで、その責任を果たす。スクラムマスターは、スクラムチームと、より大きな組織に奉仕する真のリーダーである。』
‐スクラムガイド2020年版 日本語訳 P.7
つまり、スクラムマスターは、「スクラムを確立させることの結果」と「スクラムチームの有効性」に責任を持つ役割であり、「スクラムチームとより大きな組織に奉仕する真のリーダー」であると言えます。しかし、「結果とは何か?有効性とはどのような?真のリーダーとは?」と思いませんか。漠然としていてピンとこない、これが最初に読んだときの私の印象です。そして、各々の責任に対してスクラムの理論とプラクティスを理解できるように支援することとプラクティスを改善できるようにすることが求められています。スクラムガイドでは、先ほど引用した文章に続いて支援例の記載が続きます。一部抜粋してご紹介します。
- 自己管理型で機能横断型のチームメンバーをコーチする。
- スクラムチームが完成の定義を満たす価値の高いインクリメントの作成に集中できるよう支援する。
- スクラムチームの進捗を妨げる障害物を排除するように働きかける。
- すべてのスクラムイベントが開催され、ポジティブで生産的であり、タイムボックスの制限が守られるようにする。
‐スクラムガイド2020年版 日本語訳 P.7
いずれもHow toまでは記載されておらず、抽象度が高いと感じます。どのように支援しているのか実際の現場での取り組みについて次のパートからご紹介したいと思います。が、その前にスクラムをベースにしたフレームワークがいくつか存在します。それらのフレームワーク内でスクラムマスターがどのように説明されているか1つご紹介しておきたいと思います。
SAFe®(Scaled Agile Framework)における「スクラムマスター」の定義
SAFe®は、企業にアジャイル、DevOps、リーンを導入し、ビジネスアジリティを実現する大規模向けのフレームワークです。最小単位となるチームは「SAFeスクラム」というフレームワーク用います。これは文字通りにスクラムがベースとなっており、スクラムマスターが登場します。抄訳をご紹介します。
『スクラムマスター/チームコーチは、アジャイルプラクティスの実装と維持、チームのパフォーマンスの最適化と改善、リリーストレインエンジニア(RTE)と提携してART全体の改善を指導し、価値の流れを最適化するのに役立ちます。』
https://scaledagileframework.com/agile-teams/
スクラムガイドと比較するとパフォーマンスやフローの改善といった色が強く表現されています。これはSAFe®がLeanやDevOpsを用いたフレームワークということに起因すると考えられます。Digital.ai社がソフトウェア関連のプロフェッショナル788人を対象に実施した調査レポート「The 17th State of Agile Report」によると、SAFe®は大規模向けアジャイルフレームワークで26%という最も高いシェアを誇っています。弊社はSAFe®のゴールドパートナーであり、私も含めて専門のコンサルタントによる研修および導入支援を行っています。ご興味あれば以下のHPを御覧くださいませ。
アジャイルDX推進マネジメントサービス>
https://www.tis.jp/service_solution/pm_platform/agile_service
Leading SAFe®研修>
https://www.tis.co.jp/seminar/training/Leading_SAFe.html
現場でのスクラムマスターの働き
ここからは実際の現場でどのようにチームを支援し、振る舞っているかをいくつかのカテゴリに分けてご紹介したいと思います。
アジャイル/スクラムの理解
前のパートで、スクラムガイドに「スクラムの理論とプラクティスを全員に理解してもらえるよう支援することで、その責任を果たす」という記載がありました。これには諄々と説いて聞かせる覚悟が必要です。私が実際に行っている内容としては、「アジャイル勉強会」、「スクラムガイド輪読会」です。そして日頃から良いと思ったアジャイル関係のブログ記事やセミナーに参加した際に手元で控えたメモなどをSlackで共有しています。スクラムの考え方にそぐわない行動や議論がチーム内で行われている場合は、間を割って説明に入り、得心してもらえるように努めます。
チームやメンバーの理解度に応じて勉強会などは実施しますが、基本的に新規チームを立ち上げる場合や新規メンバーが加入する場合、このアジャイルとスクラムへの理解を最初に深めておくことが重要です。とりあえずスプリントを開始もしくは参加して都度OJTで進めるのも1つですが、スプリントが進むにつれて開発作業が忙しくなり、教育をしている余裕がなくなることが大半です。また、スクラムへの理解が後手に回るなかでスクラムを安定させることは難しく、時間を要してしまいます。そのために、最初にまとまった時間を確保し、勉強会などで理解を深めてもらった方が、その後のスプリントがスムーズに進みます。一度スクラムガイドを通読しておくとでスクラムガイドの内容が共通言語となり、その後のコミュニケーションコストが下がるというのもメリットです。
パフォーマンスの改善
チームのパフォーマンスの安定と向上は、「スクラムの有効性」という点で重要であり、スクラムマスターとしては無視できない部分です。主に以下を行っています。
- 改善に繋がる気づきの共有
- スキルマップによる見える化と成長支援
- 阻害要因の排除の働きかけ
- 見積精度の分析
「改善に繋がる気づきの共有」は、レトロスペクティブ内でチームの改善に繋がる気づきを共有することです。日々、スクラムマスターとしてチームの働き方を近くで観察していると開発者が意識していない問題や課題に気が付くことが多くあります。私はそれらを日頃から手元に控えておき、レトロスペクティブの際に共有します。たとえば、「目先のバックログアイテムのリファインメントばかりに集中し、先々の見通しが立てられていない」などです。個人的な改善の場合は、後述する1on1の中で共有しています。本題から逸れますが、レトロスペクティブで議論が思うように進んでいない場合は、議論が進むような問いかけをしています。「~の観点ではどうか?」「今よりもより良くするためには?」などです。
「スキルマップ」は、チームに求められるスキルを整理したリストです(星取表)。各メンバーの強みと弱みが視覚的により分かるようになります。大事なのは、自己評価だけではなくメンバーを交えながら一緒に評価することです。これによってレベル感のズレと期待値をメンバーと合わすことができます。
一時期、チーム内で主体性の不足が問題になった時期がありました。主体性に関わる項目をスキルマップに追加し、評価点をサマリしてレーダーチャートとして表現しました。そして頻繁にメンバーとレベル感と期待値を会話しながら評価を繰り返すことで主体性を意識付けて向上したことがあります。
「阻害要因の排除の働きかけ」は、チームの進捗を妨げる要因を取り除くことを支援します。発生する阻害要因は様々ですが、大事なのはスクラムマスターがすべて対応するわけではないということです。よくある誤解として「阻害要因はスクラムマスターが対応するべし」というのがあります。開発者が主担当者として進め、スクラムマスターは支援するという形も可能です。我々のチームでは阻害要因をチケットとして登録し、担当者を設定しています。そしてチケットの状況を皆で日々確認しています。スクラムマスターとしては、チケットが忘れられて置き去りにならないように注意深くウォッチし、必要に応じてフォローしています。
「見積精度の分析」は、プランニング時に立てた予定時間とスプリント終了時の実績時間をプロダクトバックログアイテム単位に集計し、比較したものをメンバーに展開しています。レトロスペクティブ等で予実の乖離が大きくなった原因などを会話し、今後の見積に繋げています。それにより見通しの正確さが増し、ひいてはベロシティの安定とステークホルダーの信頼度アップに繋がります。
(後編に続く)
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アジャイルDX推進マネジメントサービス
https://www.tis.jp/service_solution/pm_platform/agile_service
Leading SAFe®研修
https://www.tis.co.jp/seminar/training/Leading_SAFe.html
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https://www.tis.jp/service_solution/DX_HR_development/