昨今の環境意識の高まりにより、農作物に求められる価値は、従来の「味」に加えて、地球と消費者のカラダへの影響もより一層重要視されるようになってきている。その一方で、現在よい作物づくりのために土壌整備から真剣に取り組んでいる農家の努力が、最終的な作物の販売価格に十分反映されているとは限らない。本事業では、農地データの収集・解析・開示と共に、その農地に紐づく将来の作物の価値を国内外の生活者に流通させることによって、環境と健康の観点から「土壌の品質」という新たな価値基準を生活者に提示し、サステナブル農家の支援を目指す。
INDEX
はじめに:なぜTISが農業?
フォーパーミルの概念とその先にある“カーボンネガティブ”を目指す
TISは、中期経営計画(2021-2023 )である『Be a Digital Mover 2023』にて、デジタル技術を駆使した社会課題解決の実現を目指しています。その一環として、弊社は金融包摂、健康問題、都市への集中・地方の衰退対策と共に、低・脱炭素化を掲げており、デジタル技術で如何に地球温暖化ガスの排出量削減に貢献できるのかを排出量管理からCCUS、更にはカーボンクレジットまで様々な観点から調査・検証を行ってきました。
その調査の中で着目したのが、グローバルで急成長中のカーボンクレジットです。日本では経産省・環境省・農水省の管理下にあるJクレジットがクレジットの代表例ですが、海外ではVERAやGold Standardといった民間団体主導で認証と管理がされているものがあり、その市場は2021年には前年の4倍近くに相当する20億ドルに到達し、2030年には更に5倍から10倍に拡大し、100-400憶ドルになると予想されています。
なお、カーボンクレジットには大きく分けて削減系と吸収・貯留系がありますが、前者が再生可能エネルギーへの転換や省エネ設備の導入などによる温暖化ガスの排出量削減に対するクレジット発行であるのに対して、後者は森林などを通じた空気中のCO2吸収ないしは農地などへの炭素貯留による、既に大気中や自然界に存在するCO2の吸収に対するクレジット発行が主流となっています。
日本と同様、グローバルでも現時点では再エネ化による削減系クレジット、また植林や間伐などによる吸収系の森林の吸収系クレジットがほとんどですが、2015 年 のCOP21にてフランス主導で掲げられた「4/1000(フォーパーミル)イニシアティブ」は、土壌中炭素量の増加を推進する国際的な取り組みとして勢いを増しており、農地への炭素貯留とそれを通じた農家支援を見据えて、現在日本を含む250以上の国や国際機関などが登録しています。
出典:
The international “4 per 1000” Initiative 『Discover』
https://4p1000.org/discover/?lang=en
農業におけるカーボンクレジットは、大雨などによる土壌環境の変化が原因で炭素貯留量が不安定であること、また有機炭素は微生物によって分解されてCO2が大気に放たれることなどにより、現時点ではまだクレジット化が認められている方法論が限られている上に、計測方法についても、まだ高精度で尚且つ安価に計測し続けられる、スケーラブルな技術が未開発です。一方で、水面下ではベンチャーを中心に新たな技術開発や精度検証が認証機関と共に進められており、何よりも、将来的には社会から排出される地球温暖化ガスの総量以上にそれを吸収することによって“カーボンネガティブ”を実現できる圧倒的な炭素貯留ポテンシャルを秘めているのは大地です。
海外ではフォーパーミルを政府が積極的に推進
なお、欧州委員会は、炭素貯留農業に取り組んだ農家がカーボンクレジットを民間の市場で売却できるよう環境整備を進めており、今年からの共通農業政策にもカーボンファーミングの推進を盛り込み、加盟国が脱炭素に補助金を助成できる体制を整えつつ、既に農地の評価方法からカーボンファーミングの方法論、炭素量測定方法ならびにファイナンシングまでを説明しているテクニカル・ハンドブックを発行しています。また、炭素除去活動が満たすべき4基準として、定量化、追加性、長期貯留、持続可能性から成る「QU.A.L.ITY」と名付けられた基準も規定しています。
出典:
European Commission 『Carbon Farming』
https://climate.ec.europa.eu/eu-action/sustainable-carbon-cycles/carbon-farming_en
European Commission 『setting up and implementing result-based carbon farming-ML0221119ENN.pdf』
https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/10acfd66-a740-11eb-9585-01aa75ed71a1/language-en
日本貿易振興機構 『欧州委、炭素除去の認証枠組みを導入する規則案を発表』 https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/12/c32b97e28cf745f7.html
同様に、アメリカ農務省でも、環境保全・改善を目的とした“Partnerships for Climate-Smart Commodities” の一環で70のプロジェクトに対して、36兆円超を投資すると発表(今後第二ラウンドも予定中)しており、該当プロジェクトの期間において、5,000万トンのCO2を土壌に貯留することを目指しています。
出典:
U.S. DEPARTMENT OF AGRICULTURE 『Partnerships for Climate-Smart Commodities』
https://www.usda.gov/climate-solutions/climate-smart-commodities
U.S. DEPARTMENT OF AGRICULTURE 『Partnerships for Climate-Smart Commodities Project Summaries』 https://www.usda.gov/sites/default/files/documents/partnerships-climate-smart-commodities-project-summaries.pdf
国内外の民間企業の動き
このような動きを背景に、国内外の企業は農地における炭素貯留やクレジット販売に向けた取り組みを始めています。たとえば、アメリカ発のベンチャーであるNoriは農家が取り組む脱炭素活動(“カーボンファーミング”)に対してカーボンクレジットを発行するプラットフォームを構築していますが、オーストラリアのCarbon Asset Solutionsは、実際に農地をスキャンニングする装置を用いて炭素量の計測とその先のクレジット化までを一気通貫で行っています。
データ収集の観点では、アメリカのPerennial、また天地人やSagriといった日本のベンチャーも衛星データを解析して簡易的に農地の炭素貯留量、更には水田のメタンガス量を定点観測する動きも始まっていますが、実際にクレジット創出に向けた農地に対する施策という意味では、クルベジ協会と丸紅との提携によるバイオ炭販売、更には名古屋大学発のTOWINGの高機能ソイルによる農家支援も日本初の動きとしてあります。
狙うべき農業クレジットは海外
現在ボランタリークレジットの取引では、発行側によるクレジットの二重販売や、企業側による古いクレジットの安値購入などが問題として取り上げられていますが、そこには日本品質のクレジット発行、計測技術と管理スキームを提供するチャンスが潜んでおり、農地クレジットでも同様、弊社がやり取りをしている海外企業が注目している要素の一つは、日本発の高品質クレジットです。なお、クレジット単価についても、現在のCO2 1トン当たりの価格は15-20ドル程度と言われていますが、より信頼性の高いクレジットが流通することによって、将来的には価格が100ドル程度まで上昇すると言われており、それまでに如何に農地のデータ収集・定点観測、更にはクレジット管理を効率的なシステムとして展開できるかが勝負のポイントになります。
日本全国の耕地面積は約430万haであり、農家1軒あたりの面積は半分以上が10ha未満のため、カーボンクレジットの創出・販売を仕組み化してスケールさせるには1軒あたりの手間に対する個別のクレジット創出量も、最終的な総クレジット量も限定的です。それに対して、アジア全体では、1億ヘクタール以上の水田があり、そこに日本品質のカーボンクレジット創出手法を提供できたら、将来的なポテンシャルとして1兆円以上の土壌への炭素貯留・メタンガスの削減を通じたクレジット創出があると考えています。
(後編に続く)