ヨットモデルで顧客データを操る – 情シス/DX部門が紡ぐデータ活用の航路図 – <アットストリームコンサルティング共著コラム3> <TIS共著コラム3>

Vol1: 顧客データのバラバラ管理は何が問題か<アットストリームコンサルティング共著コラム1>
Vol2: 顧客データクレンジング
Part1: 顧客データクレンジングPart1:データ登録の現状・クレンジングと名寄せの位置付け
Part2: 顧客データクレンジングPart2:推進ステップ・ソリューション構成要素
Part3 :顧客データクレンジングPart3:効果を測定する指標・事例・最後に
Vol3: ヨットモデルで顧客データを操る – 情シス/DX部門が紡ぐデータ活用の航路図
INDEX
小沢さんの挫折~とある会社の顧客データ活用での躓き~
都会の喧騒に包まれたビルの一角、TiStream社の会議室には緊張が漂っていた。
アパレル界で名を馳せるこの企業は、多様なブランドを抱え、それぞれが独自の店舗を展開していた。アパレル企業であるTiStreamは、複数のブランドがそれぞれ独自の店舗を展開していたが、最近の市場の変化は彼らに厳しい現実を突きつけていた。人口減少と市場の成熟化が進む中、新規顧客を獲得するコストは上昇する一方だった。
TiStreamは、これまでの新規顧客重視の戦略を見直し、既存顧客に目を向けることを決定した。そしてある日、TiStream社の重役たちが集まり、ロイヤル顧客を対象にしたクロスセル施策の開始を決定した。その中で、情報システム部DX担当の小沢(仮名)は重要な役割を担うこととなった。彼は、各ブランド店舗の店員たちが個人で管理している顧客データを、一つのデータベースに統合する担当に任命された。
しかし、店員たちは売上目標に追われ、顧客データを他ブランドに流すことを恐れていた。彼らは小沢の依頼に対して消極的だった。一方で、重役たちは楽観的だった。「顧客データと売上情報さえあれば、すぐに結果は出るだろう」と考えていた。AIがすべてを解決してくれると信じていたのだ。
店員たちが顧客データを統合することに消極的であったため、小沢はデータ収集に時間を費やすことなった。いつまでも結果が出ない状況に重役たちも焦りはじめ、それは彼にとって大きなプレッシャーとなった。
そこで彼は苦肉の策として、店員に提供できる範囲の顧客かつ、顧客属性項目は最低限で良いとして、顧客データ入力を呼び掛けた。そのため、店員たちの入力精度は粗いものになり、かつ施策実行を焦った小沢はデータクレンジングを行わず、名寄せを行ったためその精度は低かった。
やがて、統合されたデータをもとにクロスセル施策が実施された。成果は芳しくなかった。店員たちは売上目標に影響がない顧客データを提供したため、収集された顧客データにはロイヤル顧客はほとんど見られなかった。また名寄せの精度が低いため、ブランド・店舗間での同一顧客の把握ができず、ロイヤル顧客を見つけ出すことも難しかった。
結果として、ロイヤル顧客以外、すなわち日和見顧客や新規顧客へのクロスセル施策となってしまい、期待した効果を発揮しなかった。また、AIによるデータ分析やクロスセルのターゲット選定・売上予測も行われたが、顧客データがほぼ新規顧客ばかりだったため、有効な示唆を得ることはできなかった。
失望した重役たちは小沢を叱責した。「AIにまで金をかけたのに、成果がでないとはどういうことだ!」と。
しかし、消沈している小沢は心の中では冷静だった。
「どういうことか・・・・・?そもそもどんなストーリーで成果を出すつもりだったのだろうか?
どんな顧客データが集まるかイメージのないままで、そのデータをAIに任せればクロスセル施策が進むと思っていた、データとAIに任せれば何か良いことが起きるという淡い期待だけのプロジェクトだったのではないか。結果ロイヤル顧客のデータは集まらず、そのデータを渡されたAIも機能しなかった。それだけじゃないだろうか。」
もし、TiStream社のブランドZの店員が、自社の他ブランドAの競合である、他社ブランドBの商品を着て来店したロイヤル顧客を見つけた際に、店員がそのことを顧客属性情報としてデータ入力し、その顧客へTiStream社からAブランドのレコメンドを行うことが出来たら、この施策は違った未来が開けたかもしれなかった。しかし、TiStream社は手段でしかないデータ統合とAI利用を目的化し、意味をなさない施策を行った結果、大きなコストをかけ、収益を押し下げてしまったのである。
小沢は窓の外をもう一度見つめ、深く息を吐いた。彼はまだ、この状況を打破する方法を模索し続けていたが、答えは1つしかなかった。
ロイヤル顧客へのクロスセル施策は、店員たちにとって新たなロイヤル顧客が生まれる施策であり、大きなメリットがあるということをしっかり現場に説明していくしかなかった。それには、顧客データが必要であり、それが活用され、店員に成果を実感できるストーリーを伴った新たなKPIの設定が必要となる。小沢だけで進めるには荷が重すぎる打開策だった。
はじめに(振り返り)
小沢さんのストーリーは、以前の記事でご紹介したアパレル業界での想定を踏まえて、しばしば目にする課題感を入れ込んだ架空の企業のお話ですが、皆さんも何かしら思い至るポイントが含まれていたかと思います。
前々回(リンク)では、分散していた顧客データをいかに一元管理するか、その意義とメリットに焦点を当て、具体的な事例でその力を実感しました。
前回(リンク)では、顧客データのクレンジング・名寄せの難しさに触れ、現場で直面するリアルな課題とその解決策を、未来にも目を向けながら紐解きました。
このように顧客との接点を確保・維持するためのシステムやデータに着目してきましたが、これらは顧客を知るための仕組みと情報源に留まる話であり、それらを活用するための枠組みを設計・実行することで、上述したようなホラーストーリーを回避することが大切です。
この仕組みと情報源の重要性を理解し、利活用の指針を示し、啓蒙していく役割をここではデータオーナーと捉えます。ここからは、データオーナーが仕組みと情報源を活用し、顧客の理解と自組織の意思決定の根幹を強化するためには何が必要になるのか見ていきたいと思います。
成果を全体最適で定義せよ
まずは小沢さんのストーリーの最後でも触れている、成果やKPIについて明確にしておく必要があるでしょう。例えば、全社として「顧客データ一元管理による成果の創出」をテーマにした時に、以下のようなKPIツリーで整理できます。

【図1:顧客データ一元管理による成果創出のKPIツリー】
以下、個別に図1の左から順に説明していきます。
顧客データ一元管理による成果創出の一つ目のKGIを「売上高」(本来はもっと詳細に定義する必要がありますが、ここでは簡易に記載しています)とした場合に、KGIを達成するための重要施策は何か、をプロセス単位で考えてみます。そうすると、「データ基盤構築→データ化→データ活用」という大きなプロセスに分解できます。
情シス/DX部門が担うのは主に「データ基盤構築」に関わるところであると考え、その重要施策が達成された状態を定義します。それが出来たかどうかを測定することで、成果に繋がったかを評価するためにKPIを設定します。
上述の場合、どのような「統合顧客基盤」を作りたいかという目指す姿を定義し、それが達成出来た「率」を測定することで、成果を定義する形としています。単純に「統合顧客基盤構築の完了」をゴールとしてしまうと、統合顧客基盤の中身が本来目指していたものと乖離していても、KPIとして達成されたことになってしまうため、目的達成率のような指標を置くこととしています。例えば、「データクレンジングが実行できて名寄せ出来ていること」や「ロイヤル顧客の特定が出来ていること」など、統合顧客基盤構築で実現したい姿をどれだけ達成できたかを管理するためのKPIを設定します。
店舗におけるKPIとどう関係するかも見ていきましょう。この全体像の中では店舗は「データ化」を担う役割となっています。店舗のメンバーにいかに重要な情報を、漏れなく正しく入力してもらえるかがデータ化のポイントです。小沢さんのストーリーでは、店員たちはデータを入力することに消極的でした。そのため、店員たちによるデータ入力・共有の徹底(情報を隠さないこと)について評価しなければ、「顧客データの属性情報の充実化」は実現できません。ここでは少し極端な例として、「他ブランドへの情報提供数」をKPIに設定することで、メンバーの認知・行動変容を促すことを狙いとしています。
上述の例のように全体の中で誰がどの役割を担うかを定義することによって、個別最適の発想ではなく「全体最適」での発想となり、全体像が定義され、取組み全体としての効果創出に繋がります。
顧客データで帆を操れ
顧客が適切に見えていない架空の企業での小沢さんのストーリーから始まり、成果の定義(KPIツリー)の重要性に触れました。顧客データを通して顧客を把握し、成果を定義・設計することは取組み範囲として十分と言えるでしょうか。
残念ながら、仮に成果を描いて、顧客を緻密に見ることができ、それらを連動させる仕組みとしてKPIが設計されていたとしても、組織一体となった活動がないとうまくいかない、あるいは徐々に衰退していくでしょう。
データオーナーとしては、常に橋渡し役として立ち回り、データと組織の両方を育てる意識と活動が極めて重要です。そのためには、営業、マーケティング、カスタマーサポート・コールセンターといった各部門がバラバラに動くのではなく、情シス/DX部門がデータオーナーとして中心に立ち、全社を横断する連携体制を作るための設計図を描くことが重要です。
すなわち、データ・顧客・組織・成果の4つの要素を結び付けた顧客データを育てる取組みの企画・推進を通して、顧客をファンとして育て、組織横断で仲間としての一体感を醸成し、成果を各組織やメンバーの目的と整合させることが必要です。
言葉で言うほど簡単ではなく、とても重い検討課題・取組みテーマですが、私達としてはこれを推進するために以下のような整理のフレームワーク「顧客データセーリングヨットモデル」を提案したいと思います。

【図2:顧客データセーリングヨットモデル】
「顧客データセーリングヨットモデル」はデータ、顧客、組織、成果の4要素の課題をそれぞれ明確にし、各要素間の関連性を考慮した取組み施策を検討するための枠組みです。
例えば、データの入力量や精度が芳しくないと認識されている場合、一つの観点として、データと組織を適切に連動させる必要があり、運用ルールを明確にした上で組織内に周知徹底するなどの施策が考えられます。この例ではやや抽象度が高い表現ですが、実際に利用する際には各組織・各部門の実態を踏まえて、より具体的に整理・検討する必要があります。
そして、データオーナーはヨットでスピードや推進方向をコントロールする際に帆や舵を操作するように、各要素の課題の重要性や施策や、データと他の3要素間の関係性強度・距離感をコントロールすることが求められます。このデータを主軸とした課題や施策のコントロールが、ヨットの帆を操ることに通じることから、私達はこのフレームワークを「顧客データセーリングヨットモデル」と命名しました。なお、データオーナーとしての役回りを前提とした際にはデータが主軸となりますが、他の役回り・立場では組織や成果の要素が主軸となることもあるでしょう。
「顧客データセーリングヨットモデル」の概念は図2の通りですが、各要素間の関係性を具体的にイメージしながら、取組むべき施策を検討するには、以下のような整理に基づいて検討することが効果的です。

【図3:顧客データセーリングマトリクス】
この表において、縦軸は検討する施策の主体(働きかける元の主語)としての4要素を社内のものから社外のものになるように並べており、横軸は施策の客体(働きかける先の目的語)としての4要素を同様に並べています。基本的には、主体側の縦軸で下に行くにつれて施策の検討・実行が難しくなり、客体側の横軸で右に行くにつれてデータの質を向上、量を増加させ、データの活用の範囲や効果の拡大を期待できます。
加えて、当然ながら各項目要素の縦と横の並びは同一要素をベースとした検討結果であるため、項目要素間の整合性をチェックすることが可能であり、その項目要素が属する列や行の課題にどのように寄与するか、関係性が希薄な内容になっていないかの確認も比較的容易です。
上の表の例では全ての項目要素を記載していますが、各組織の状況を踏まえ、明確な課題と認識している部分だけを書き出すことから始めても良いでしょう。
昨今の技術潮流や消費者・購買者の意識・行動変容も踏まえ、皆様の組織も変化することが求められているでしょう。「データ入力組織」としての成長と、「データ活用組織」への変化を、データオーナーたる情シス/DX部門が主体となって設計・牽引することにチャレンジすることが肝要です。その取組みの過程は、顧客データを育てるだけに留まらず、自組織と顧客の両者を育てることにもつながるはずです。
最後に
今回の3回目の投稿で本シリーズは一旦の終了です。
本投稿の中で言及したようなデータ活用の目的をしっかり意識してほしい、ただ、その検討以前に眼の前には情報システムやデータに関する課題が山積みだろう、ということを前提に企画・執筆を進めてきました。眼前の課題に対する解決策の足掛かりを示しつつ、いかに目的意識を持つことつなげるか、また目的や方針を整理するにあたってどのような観点や気付きを提供できるか、試行錯誤してきました。
是非、皆様も試行錯誤しながら、情報システムの構成やデータの設計、それらの運用など比較的具体的な課題の解決を図りつつ、将来的な目指す姿やそこに向けた施策の企画・実行を並行して進める、といった難題に立ち向かってください。
一方、皆様ご認識の通り、昨今の技術的発展は目覚ましく、特にAI関連はまさに日進月歩の世界です。
ChatGPT以降、主に生成AIが取り沙汰されていますが、従前からの流れとして機械学習を基盤とした分析や予測へのAI活用も常に意識するべきでしょう。こういった、AIについての基本的な理解を深めていただくには、こちらの記事(記事リンクhttps://note.com/atstream/n/na93470e003d9)も是非ご一読ください。
「顧客データセーリングヨットモデル」にて触れたような施策の検討・実行支援、例えばデータの入力支援や顧客への情報提供に留まらず成果やKPIツリーの設計・運用などにおいても、今後AIを活用することはリソースやスキルセットの補完として必須です。
そこで躓かないようにするためには、継続的なAIの技術的・経済的発展に対する情報収集と実際に利用することを通したキャッチアップ、ならびに前々回(リンク)や前回(リンク)で触れたように、顧客データの構造化・一元化とクレンジング・名寄せが大前提となります。
それに向けて、外部の専門家との情報交換・意見交換や実ソリューションの操作・理解も有効な手段であると、私達は信じています。これまでの投稿の内容で少しでも気になった点や知りたいと思われた点があれば、どんな些細なきっかけであっても是非ご連絡ください。
最後までお読みいただきありがとうございます。皆さんの気づきにつながる内容があれば何よりです。
会計、顧客接点戦略、サプライチェーン、KPIマネジメント、IT戦略に強みを持つコンサルティングファーム。広域かつ多岐にわたる知識とスキルが求められる改革プロジェクトのコンサルティングを、広い知見と豊富な経験を有するプロジェクトマネジャーと個別分野専門のメンバーを組み合わせて、チームを編成しサービス提供。
TISビジネスイノベーション事業部のパートナーとしても、協業してお客様にコンサルティングサービスを提供。会計、顧客接点戦略、サプライチェーン、KPIマネジメント、IT戦略に強みを持つコンサルティングファーム。広域かつ多岐にわたる知識とスキルが求められる改革プロジェクトのコンサルティングを、広い知見と豊富な経験を有するプロジェクトマネジャーと個別分野専門のメンバーを組み合わせて、チームを編成しサービス提供。
TISビジネスイノベーション事業部のパートナーとしても、協業してお客様にコンサルティングサービスを提供。
https://atstream.co.jp/atstrem-consulting.html
共著者紹介
鷲野 真人(アットストリームコンサルティング株式会社)
株式会社ワコールを経て、アットストリームコンサルティング株式会社へ参画。

専門
業務プロセスの診断と改革の企画・立案・実行プロジェクトの支援
主に製造業における計画、予測、在庫・物流管理業務プロセスの企画・立案・実行支援 KPIマネジメント等の経営管理制度の企画・設計と導入・定着化支援
兵頭 卓(アットストリームコンサルティング株式会社)

専門
顧客接点強化(CRM変革)
データ/AI活用による各種効率化・高度化
新規事業開発などワークショップ設計・実施支援
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